優しすぎて損をしてしまう自分へのお守り ── 自分との関係性をつなぎ直す旅路
小さな冊子『「優しすぎて損をしてしまう」自分へ』を手にしてくださり、本当にありがとうございます。

ここ最近は、自分を急がせることなく、どこかで佇む時間が持てているでしょうか。
もし、また外側の騒がしい重力に引っ張られて、息が浅くなっていたとしても、一度、深く息を吐き出して、身体の力を抜いてみていただけるでしょうか。
今日、あなたと一緒に見つめたいのは、私たちが日常のなかで最も手放すことが難しい「何もしない時間」という、贅沢な空白についてです。

図書室の扉を叩く住人の多くは、常に周囲の顔色を察し、誰かの期待に応えようと、全神経を張り巡らせて機能として動く毎日を過ごしてこられました。
そのため、いざ「休んでください」「自分のために時間を使ってください」と言われても…
「本当に、何もしなくていいのだろうか」 「みんなが頑張っているのに、自分だけが止まっていてはいけないのではないか」 と、もしかしたら、休むことにすら強い罪悪感を抱いてしまう癖がついているのではないでしょうか。

何もしていない自分には価値がないように思えて、焦燥感に駆られてしまう…
これは、心が未熟だからではなく、過酷な外側の世界で生き残るために、神経系が「常に動いていなければ危険だ」と必死にアラートを出している、正当な防衛反応(サバイバルモード)なのです。
心理学(PCA)の視点から、お伝えしたい大切な真実があります。
生命の器は、すでに外側の役割や「Doing(何かをすること)」によって、ひび割れ、空っぽになるまで擦り切れてしまう場合があります。
その器を修復するために必要なのは、新しい知識を詰め込むことでも、自分をより良く変えようと操作することでもありません。
ただ、傷ついた「器」をそっと横に置いて、休ませてあげる時間です。

社会が求める「生産性」や「効率」という物差しを、一度すべて図書室の入り口に預けてみてください。
誰の役にも立たない、何の成果も生まない、ただそこに在る(Being)だけの時間。
それこそが、傷ついた呼吸を讃え、魂の純度を取り戻すための「安息(Healing)」の始まりとなります。

「何もしない」とは、サボることでも、人生を諦めることでもありません。
外側の嵐を遠くに聴きながら、自分の内奥にある静かな「凪」のなかに深く潜行していく、人生で最も贅沢で、最も調和に満ちた自衛の選択なのです。
ですから、今日、この手紙を読んでいる数分間だけでも…
「私は今、何かを成し遂げなくても、ただ、存在しているだけで充分に素晴らしい」 と、その在り方を丸ごと受け入れ、自分を赦(ゆる)してあげていただけるでしょうか。

このお便りも、暮らしの隙間にそっと寄り添う、ささやかなランプの光に過ぎません。
読む気分になれないときは、そのまま引き出しに仕舞っておいてくださいね。

鍵のないポスト ── 自分への手紙を置いておく場所
※この場所は、あなたの言葉をただそのまま、誰にも汚されずに置いておくための「静かな引き出し」です。
司書がすべて大切に目を通させていただきますが、個別のお返事は届きません。
お返事を待つという新たな焦燥(サバイバル)から離れ、どうぞあなたの心に嘘のない言葉を、ここにそっと置いていってください。
夜明けの図書室・司書
村田 敦(つとむ)



